吹ク風ト、流ルル水ト。遠い、かすかな、光りと風と水と──

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引越し── 吹ク風ト、流ルル水ト。 21:05
皿倉山夕景。

明日(2006年10月1日)から「吹ク風ト、流ルル水ト。」は下記に引っ越します。
http://ho-bo.jugem.jp/
どうぞよろしく。
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うどん── 吹ク風ト、流ルル水ト。 13:09
大西さんより、いただいた「うどん玉」(便宜上、四角いが)。

パスタマシンで製麺した。食べた瞬間「うまい!」と叫んでしまうほどの美味しさ。いったいこのおいしさはなんだ。
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軍艦島3── 吹ク風ト、流ルル水ト。 21:31
軍艦島-5 あるがごとくに。日々の平穏とゆらぎの象徴のように、社の遺骸が風のなかに残っている。

軍艦島-6 模型をみたらそれまでであるが。

  目を覚ましたらブラインドから縞の光が差しこんでいた。
  素晴らしいことだと思う
                                       町田康「ホワイトハッピー・ご覧のスポン」

そのとおりだ。日々は素晴らしかったし、素晴らしい。



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吹ク風ト、流ルル水ト。 05:57
9月も末になると、5時半でもまだ暗く静かだ。鈴虫も鳴きやまぬ。
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長崎── 吹ク風ト、流ルル水ト。 20:24
長崎紀行-1 30数年前にこの市場を歩いた記憶がある。記憶がせりあがる。

長崎紀行-2 この料亭でも呑んだことがある。なぜか店の前を通り過ぎるとき、足速になる。
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自分以外のものになろうとするもの── 吹ク風ト、流ルル水ト。 23:31
昨日、「ひよ」が死んだ。ひよはうちに飼われていたおかめいんこである。わたしは少し泣いた。

グラツィエッラに捕らえあられたとき、ローラはきっときわめて幼かったに違いない──まだ雛同然だったのだ。だが六月にはもう大きさも三倍に、ニワトリくらいの大きさに成長した。翼も戻ってきていた、もうほとんど。だがそれでも飛ばなかった。と言うより、飛ぼうとしなかった。歩くほうを好んだのだ。犬たちが散歩に出かけると、そばをピョンピョン跳びながらついて行った。ある日わたしはふと、ローラは自分が鳥であることを知らないのではないか、と気づいた。自分を犬と思っていたのだ。グラツィエッラも同じ意見で、わたしたちは二人して笑った。楽しい奇妙な癖だと考え、こうしたローラの誤解がきっと悲劇に終わるとは、どちらも予想もしなかった──自分の本性を捨て、自分以外のものになろうとするものすべてに待ち受けている運命は、予想もできなかったのだ。
                                       「ローラ」 T・カポーティ          
                                                           ※ローラはカラスの名前
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軍艦島2── 吹ク風ト、流ルル水ト。 07:33
軍艦島-3 わたしは廃墟が好きというわけではない(宮本隆司さんの一連の仕事には惹かれたが…)、ましてや産業遺産というものにも興味がない。

軍艦島-4 しかし、フェリーから煙が立ち昇ったとき「劇的風景」という言葉が思い浮かんだ。この光景の奥底に埋め込まれた人々の「流浪劇」を瞬間かいまみたような気がしたのだった。
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アレキサンドリア── 吹ク風ト、流ルル水ト。 15:57
有山さん、ありがとう。

真の「手練」ともいうべき佐賀純一の聞き書き『浅草博徒一代』のなかに「アレキサンドリア」という項がある。この本は、明治・大正・昭和を生きた伊地知栄治というやくざの話を佐賀がまとめたものである。

 今でもアレキサンドリアという葡萄はあるでしょうが、昭和の初期でしたから、そ
んなものを食べる人間は滅多にいなかったんですね。当時はガラスの温室かなにかで
栽培していたんでしょうが、普通の人間はそんなものを見たことも聞いたこともない
時代です。兄貴はわたしに二十円の金を渡して、これで買え、と言う。わたしはびっ
くりして、
 「だって兄貴、こんなに買ったら持ちきれねえでしょう」と言った。
 すると兄貴は笑って、「馬鹿野郎、おめえも物の価値というものを知らねえな、そ
んなことでは恥をかくぞ、いいか、千疋屋に行って二十円出して見ろ、ほんの数える
ほどしかねえぜ」とこう言う。
 「そんな馬鹿なことがあるんですか」
 「ごたごた言ってねえで、銀座へ行って見ろ」
 それで半信半疑のまま千疋屋に行きました。そしたらなるほど兄貴の言う通りなん
です。二十円出してふた房しかない。たまげたものです。わたしは千疋屋の包を宝物
みたいに抱えて、新橋駅から電車に乗って大磯に行きました。
                                      『浅草博徒一代』

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島へ── 吹ク風ト、流ルル水ト。 09:42
島へ-1 伊王島へ行った。とはいいつつも伊王島へは長崎フェリーターミナルから簡単に20分で行ける。

      島へ-2 船着場のそばの建物の多くは、屋根が赤く、白壁だった。陽の強さもあいまって、なにか白々し
      い気持ちになった。温泉に入り、よもぎうどんを食べた。
島へ-3 島を離れてしまうと、島は遠く、水平線上の幻である。エセ・スペインであっても、ぼくは機会があればまたこの島を訪ねるだろう。
    
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軍艦島── 吹ク風ト、流ルル水ト。 20:50
軍艦島──1  軍艦島ががみえた。

軍艦島──2  香港、九竜城のなかを酔いにまかせて歩き廻ったこともあった、迷惑なことだったろう。それ以上に軍艦島をみたいと、強く思ったときがあった。軍艦島が逆光のなかに浮かび上がる。
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